《1・もう、戻れない》









夏の高校野球予選大会が始まる1週間前。
あの監督は『最後の仕上げだ』と言ってレギュラーと他数名を合宿に連れ出した。
どうしてあの時監督の行動を不思議に思わなかったんだろう。
羊谷監督は、雄軍賊軍に分けることはあったが、こういった行事で分けることはなかった。






そして、今までは何があっても監督の事は笑って許せたが、今回は殺したい程憎く思った。
羊谷のせいで、俺達の夏は終わった。
そして、野球どころか、人としての人生さえも失った。

なぁ監督。お前、何処にいる?顔を見せてくれよ。そして死んでくれ。






これは、修羅となった男の物語―――・・・




































朝早くから合宿。野木や明神は賊軍なので合宿中は各自で自主トレ。
自主トレとかさせるなら、最初から合宿にも連れてくればいいじゃないか。あのエロヒゲめ。
学校が集合場所で、俺は皆よりも遅く到着し、ヒゲからも怒られた。
でも、その時俺はどこかヒゲに違和感を感じた。
なんとなくだが、疲れている。そして少し痩せていて、目には泣いた跡が残っていた。
奥さんと喧嘩でもしたんかなって思って、プライベートだから聞かないでおこうって思ったけど。

もしあの時ヒゲに聞いていたら、このプログラムの所為だからかって、納得できたかもしれない。






プログラム開始の時は、ヒゲには憎しみしか抱けなかったけど。


















バスの中で仮眠をとる事にし、眠っていて目覚めたときには俺は制服に着替えられていた。
「は…?俺ユニフォーム着てたよな…??しかもここどこだよ…」
周りを見渡すとそこはあの窮屈だったバスの中じゃなくて。俺達はどこかの教室に移動していた。
皆は、机に突っ伏したまま寝息を立てている。制服を着て、首に変なモノが付いていた。
急に、背筋に寒気が襲ってきて。体の中の何処かから《逃げろ、逃げろ》って伝わってきた。

「お…おい、みんな起きろよ!起きてくれ!!」
「ん〜?もう何だよ兄ちゃん。こっちはグッスリ寝てたのにさぁ…」
「何ですか猿野くん。人が合宿に向けて仮眠をとっているというのに…って、コレは一体なんですか!?」
次々と部員が目覚め、今の状況にパニック状態となり教室内が混乱になった。












ガララ






「おはようございます、哀れな野球児達。どうでした?最後の睡眠は」
「ま、すぐに永遠の眠りにつける奴もいるけどな…」
教室のドアを開け、入って来たのは黒いスーツを身に纏った若い女性と男性。
そしてその後ろから十二支高校野球部を束ねる者…羊谷が現れた。
「オイ、お前ら誰なんだよ?それに…最後の睡眠って意味分かんねぇよ」
「説明がいるかしら?お猿のボウヤ。じゃあまずは…ワタシは神崎。こいつは樋口。よろしくね?」
続いてドアからは数名の軍人らしき者が左手に銃を構え入ってきた。
「もうその首輪で気付いた人も多いと思うけど…一応ルールだから聞いて頂戴ね?」
ここにいる部員全員がゴクリと息を飲む。あの台詞を、聞きたくないのだ。

殺戮ゲームのハジマリを告げる、この一言を。


「…お前らには今から、殺し合いをしてもらう。」
映画だけかと思っていた。あの映画は、確か15歳未満禁止で、最近やっと見に行って、
終わった後に「現実であったら怖いよな」って、話してた。
あの時は笑いながらそう言っていた。まさか自分達にそんな運命が下るなんて思ってもいなかったから。

「監督…またいつもの冗談ですよね?私達は今からちゃんと野球やるんですよね??」
そして全員の視線が一気に監督に向けられた。
「いいや、冗談じゃない。冗談ならこんな手の込んだ冗談なんかせんわ」
すると、ベンチ入りメンバー…平泉が席を立ち、叫んだ。
「そうだ!俺達は今夢を見ているんだ!!だから怖いだけだ!そうだろ!?そうなんだろ!?!?」
「…平泉…今が夢の中か現実なのか、ハッキリさせてやるよ」
そう羊谷が言い放った後、羊谷の背後にいた軍人がライフルで平泉の心臓を貫いた。
平泉はそのまま血を噴いて倒れ、平泉の辺りの床が血でいっぱいになった。
「うっ…平泉…バカ野朗…」
吐きそうになる。死体なんて、もう二度と見たくなかった。
俺は昔、死体を見たことがあったが、その時も俺はそれをみた途端吐き気が襲ってきた。
そして軍人が平泉の死体を片付けるとき、平泉の血のせいで床を歩く度にピチャピチャと音がしていた。


「てめぇらもこうなりたくなかったら、黙って話聞いてろよ」
平泉の死でザワついていた教室が一気に静まった。そして誰かが泣いている。
「もうイイかしら?じゃあそろそろ今回のプログラムの説明をするわね」
俺は泣き声を上げている方をちらりと見た。…凪さんだった。
こんな時でも人の死を悲しむことができるなんて、俺には到底出来そうにもなかった。





「まずは変更ルールその1。今回のプログラムの優勝者は5名とする。」
「えっ…!?優勝者は1人だけではないのですか!?」
辰羅川が思わず立ち上がる。そしてすぐにスミマセンと言い、席についた。
「アナタ達高校生はもう体付きが大人に近いでしょ?それは将来軍隊に使えるの。だからよ。」
「良かったなお前ら。優勝者は国のために生きられるんだぜ??」
羊谷の一言には誰もが無言で、返答はなかった。

「その2。男子の武器はアタリハズレ様々だが、女子は非力なため全員アタリ武器とする―――って、どうでもイイわね。」
神崎が一人で喋っている間、教室ではグスングスンと凪さんの泣いている声しか聞こえなかった。

「その3。参加者は一日に最低一人は殺さないと首輪が発動。」
「…それって、一日が終わる頃には半分以下になるってことか。」
「そうよ、ガングロボウヤ頭いいのね。プログラムを手早く進めたいと考えた政府は、
 こうする事で一気に数を減らすってことよ」

















最悪だ。昔その言葉ばかりを使って、担任に怒られた覚えがある。
『ささいな事で「最悪」という言葉を使うな』と。

『最悪というのは、本当に取り返しのつかない状況に陥った時に使うのが、真の「最悪」なんですよ』

「取り返しのつかない状況」って、今のこの状況のことを指すんだろ?
俺も昔、「取り返しのつかない状況」に陥って「最悪」って言葉使ったけど、
その「最悪」は、また俺の目の前に現れたんだな。


















「その4。今回のプログラム…前回のプログラムの優勝者もいるそうね。
 多分、中学三年生の時に選ばれたんじゃないかしら」
ザワザワと教室が騒がしくなる。急に慌て出す部員もいた。
「うるせーぞてめぇら!!!!平泉みたいになりたいのか!!」
「あの…監督。監督は前から私達の中に優勝者がいた事を、ご存知でしたか?」
牛尾が授業のように手を上げて質問した。羊谷は、一度ニヤリと微笑んだ。
「あぁ…知ってたよ。お前らがプログラムに選ばれる前からな」
「…そんなバカな…」





















あぁ、やっぱり今日は最悪なんだ。
もう戻れない。あの緊張感のあるバッターボックスも、
大嫌いだった自分の家にも、笑いあってたあの日にも、

もう、戻れない。





















《平泉 死亡
 残り  29名》