人には、思い出したくない事を無意識に隠す事がある。
でもその「隠した記憶」はまた無意識に現れて。
私にとっての思い出したくない記憶は何なのだろう。
サクラ 第三話 幻
意識を失っている間、また夢を見ていたような気がする。
暗闇の中には沢山の桜の木。花びらがとても綺麗だった。
その桜たちの傍を歩く私の知らない男の人。そして隣には幼い子供。
何故かその二人に懐かしいものを感じた。
『ねえ、今度はどこに連れて行ってくれるの?』
『・・・お前の行った事のない場所だよ』
幼い子供は笑顔で言った。
『じゃあ父様も一緒だよね!ボク父様も一緒じゃなきゃ嫌だよ?』
知らない男はもちろんだよ、と言い幼い子供の頭を撫でた。
幼い子供は嬉しくなって知らない男に抱きついた。
私はこの男を知っている。この男は私の身近にいた。
とても幼い頃に。そう、あの幼い子供は私だ。
この光景は幼い頃の私の父様との思い出。
懐かしさが溢れてきたが、私は何故か今まで全く思い出せなかった。
もちろんこれは幼い頃の私の記憶だが、この後に何が起こったのかも思い出せない。
幼い頃の私の楽しそうな笑顔。優しかった頃の父様。
この記憶は、私に何を語り掛けたいのだろう。
私に何を思い出せというのか。こんなものを見てももはや意味はない。
というか寧ろここから先は思い出してはいけないような気がしてきた。
『ねえ父様、何で父様は殺し合いをしているの?』
今までは笑顔を作っていた父様の表情が急に険しくなった。
『…子供はそんな事を気にしなくてもいいんだ。』
そう、お前はまだ何も知らなくていい。綺麗なままでいて欲しいから。
更に問い詰めるように幼い頃の私は続けてこう言った。
『でもね、父様。ボクは陸家を継ぐ者だよ。何で教えてくれないの?』
それはお前のために言っている事。こんな汚い世の中など見えない方がいい。
黙れ、喋るな、お前はただ笑っていればいいんだ。
この幼い私が喋る度に苛立ちが増してくる。
幼い頃の私はこんな子供だったのか。初めて自分が嫌になった。
違う。自分が嫌なのは元からだった。
今、私はこの幼い頃の私に少し嫉妬心を抱いている。
周りなど気にせず、自分の気持ちを伝えられる正直な子供が、
羨ましかった。そして自分を憎み、悪いほうばかり考えてしまう。
『ねえ父様、あの人だーれ?』
何がだ?と言い、父様が夜桜の間を覗くと、ある一人の男が歩いてきた。
『なっ…!?』
『父様?何で転んだの?大丈夫?』
父様は必死で後ずさり、そして尻餅をついた。
幼い頃の私が必死に起こそうとしているが、
もはや父様にはその呼びかけさえも聞こえていなかった。
父様にはその男の姿が見えているが、私には暗闇で顔が見えなかった。
『い…い、命だけはっ…どうか…!!』
『…』
非常にみっともない光景だった。
今、あの男に命乞いをしている人のさっきの威厳はどこへ行ったのか。
私は、とても悲しくなった。
『父様!!逃げてよ!死んじゃうよ!!父様!!』
よく見ると男の手には剣が握られていた。
不思議な事に、とても見覚えがあった。そして暖かい。
『と…とうさまぁー!!』
今、夢の中で一人の男の一生が終えた。
桜の木を背に、胸を一刺し。血が一気に飛び溢れてきた。
幼い頃の私はその光景を見ただけで気を失っていた。
それと同時に暗闇だった夜道から徐々に光が差し込んできた。
まるで父様の死を見るかのように父様が死に際背にした木を中心に明るくなった。
そして、私の眼中にその男の全身が明らかになった。
「え…?」
朝日のような明るい光に照らされて見えたものは、
私が惹かれたあの情熱を秘めた眼、
よく私と鍛錬していた血塗られた剣、
羨ましかった龍の刺青。
そして、私の大好きなあの暖かい鈴。
チリン…
「興覇…殿…」
そう、あの時私の父様を殺したのは興覇殿。
そして興覇殿は何も言わず、また暗闇の中に去っていってしまった。
私も気を失い、「隠した記憶」から離れていった。
「……ん…」
「あ、伯言起きたか」
「興覇殿…」
ここは呉の城。気を失った私は戻されてきたらしい。
興覇もずっと看病していてくれていたらしく、眠たそうな顔をしていた。
「大丈夫か、伯言?何かうなされてたぞ?」
それは、貴方のせいです、なんて言えたらどんなに楽だろう。
でも、今は我慢が出来なかった。
父の死因を知る事ができず、やっと知る事ができたかと思えば
その死因は殺害で、相手は私の愛する者だったなんて。
「伯言、どうしたんだ?きついのか?」
「貴方は…愛する者が殺された時がありますか?」
私は思い切って聞いてみた。彼は、覚えているのだろうか。
「…ねえな。俺が今愛する者はお前しかいないし」
悲しい、悔しい、私の父様の事は全く記憶がないのだろうか。
所詮ただの男と判断して、記憶の中のゴミ箱に捨てられたのか。
「貴方にっ…愛する者が殺された時の気持ちが分かりますか!?」
私はただ泣くしかなかった。でも、泣く事の理由が見つからなかった。
多分、この涙は幼い頃に流した、私の涙。
人には、思い出したくない事を無意識に隠す事がある。
でもその「隠した記憶」はまた無意識に現れて。
私にとっての思い出したくない記憶は、
愛する者に、たったひとつの「故郷」が壊されたという事。
サクラ 第三話 幻 了。
第四話は現在執筆中です。完成までお待ち下さい。
あーあ…とうとう歴史を無視してしまった。
もうある意味私が修羅場なんですけど。
コレが完結する前に私が逝きそうな感じです、ハイ。
だんだん物語も修羅場に突入していきますが、どうぞ宜しく御願いします…。