前髪が伸びて、邪魔だったからピンで上げてた。
それを、犬飼は可愛いと言った。

本当は気絶するぐらい嬉しかったけれど、嬉しくないフリをした。
だって皆もいたし、恥ずかしかったから。

それが、犬飼を酷く傷つけていたなんて、思いもしなかった。























終焉への鎮魂曲


第一話  これを恋とは呼ばなくても

























また毎日の決まりである部活が始まる。
いつもは特定の2人で騒がしいはずだったのだが、
今日は誰もが寒気を感じるほど、静かだった。
「ねぇねぇ、兄ちゃん」
俺がユニフォームに着替えていると、背後から兎丸が話し掛けてきた。
「おぉ、スバガキ!お前のゲームまだクリアし終わってねぇぞ?」
そう言うと、兎丸は俺の美尻に蹴りを一発入れた。
「いっってぇ・・・」
「そんなのはどうだっていいんだよ!ねぇ、兄ちゃん犬飼くんに何かした?」
「犬に?俺が??」
ない、とは言えなかったが、猿野はこんな事を口に出せるはずがなかった。
兎丸、いや部活の皆。そして沢松にでさえ、2人の関係は秘密なのだ。
「いや・・・そんな覚えはねぇけど・・・」
「そっかぁ・・・全く、犬飼くんもここまで来て落ち込んでほしくないよね」
少し愚痴にも近い口調で兎丸は自分のロッカーへと戻っていった。

そんなに落ち込むような事か?
だって、2人の仲は極秘なって、決めてたじゃんか。





この日は皆の士気もいつもより低く、グラウンドは静かだった。


そして着替えも、帰りの時も、俺と犬飼が会話することはなく。
犬飼の隣では、ずっと辰羅川が気を使っていた。
たまに辰とも目が合って、気まずかったけど。
無視して、子津とつるんでいた。










































部屋に帰ると、犬飼の匂いがした。
ベッドに、犬飼のタオルが置いてあったからだ。
たしかこの前に犬飼と部屋で遊んで、タオルを置き忘れていってた。
でも犬飼には、忘れてたぞって、教えてやんない。
このタオルで、少しでも犬飼のことを感じていたいし。

「何だよ俺って・・・すっげえ女々しい・・・」

はぁ、とついた溜息と同時にケータイのバイブが鳴った。
届いたのは、メール。マナーモードのままだった。
受信したメールは、辰羅川からだった。

『辰羅川
 無題。  21:37
 犬飼君が落ち込んでいた原因、猿野君でしょう?』

今日、こんな質問を何度されただろう。
でも俺は優しいから、返事をしてあげた。

『Re:無題。  21:39
 辰っつんには関係ねぇだろワンコが勝手に落ち込んでるだけだし』

すると、辰羅川は暇なのかすぐに返事が返ってきた。

『Re:Re:無題。  21:40
 この私をなめないで下さい皆だって気付いてますよ

『Re:Re:Re:無題。  21:43
 ・・・俺にどうしろって言いたいわけ??』

タオルを握り締めたまま、俺はメールの返信に没頭していた。

『Re:Re:Re:Re:無題。  21:49
 まずは犬飼君と話をして仲直りして下さい。それからは自分で考えて下さい

どうやら、辰羅川にはほとんどバレているらしい。
もう俺は、犬飼との仲を誤魔化すのを忘れてしまっていた。

『Re:Re:Re:Re:Re:無題。  21:53
 仲直りってどうやるもんなんだよ

『Re:Re:Re:Re:Re:Re:無題。  21:55
 今からでも待ち合わせして話せばいいじゃないですか皆がいるのは嫌でしょう

『Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:無題。  21:57
 ええええ俺今から見たい番組あるんだけど

『Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:Re:無題。  21:59
 しつこいですいいから行って来い。』






しょうがないので、もうケータイを閉じた。
録画するのも面倒だから、明日兎丸に借りる事とする。
「今から犬を・・・ね・・・」

もう一度ケータイを開き、今度は犬飼宛てにメールを作成した。

『無題。  22:01
 今から、いつもの橋来れる?俺待ってるから。』


2人が出掛ける時は、いつもそこで待ち合わせをする。
駅だと、誰かに会いやすいから。

そして、犬飼からメールが来た。

『Re:無題。  22:03
 分かった。すぐ行くから待ってろ。』


何だか、もの凄い嬉しくって。メールで初めて顔が赤くなった。
少し髪も整えて、Tシャツもお気に入りの一枚に着替えた。
犬飼にはその橋は少し遠いけれど、俺んちにはすぐ近くだから。
そういえば犬にメール送るの久しぶりだったなぁ、と。
そんなことを思いながら早足に待ち合わせ場所へと向かった。

















当然まだ犬飼は来ているはずもなくて。
俺は橋の手すりに腰掛けた。
犬飼が来るまでの間、俺は仲直りの言葉を考えることにした。





俺は犬飼が好きで。犬飼も俺のことが好きで。
今でもそんな事実に驚いているのに。
当たり前の如く、誰にも知られてはいけないこと。

これは、許されてはいけない恋。

こんな恋はいつか終わりがきてしまう。
それは俺と犬飼も、承知している。
俺と犬飼の恋は、皆を傷つけるだけのものだから。
親、友人、親友、野球部の皆、世界。





お互いをも、傷つける。
誰も、祝福しない。





辰羅川もフォローはしてくれたが、内心不安だっただろう。
自分の大切な友人が、禁忌を犯してしまっているんだから。




俺と犬飼の心は、もう決まっている。
この気持ちだけは、誰にも止めさせない。

ずっと・・・・・・。


もし、どちらかが先に逝ってしまったとしても。














「それにしても遅ぇな・・・」

ケータイの時刻を見ると、22:32。
俺が家を出たのは、22:10。
犬飼はこの橋に来るまで、大体10分ぐらいだと言っていた。

もうとっくに着いているはずの頃だった。



「しかもさっきから騒がしいし」

さっきからこの橋をパトカーや、人通りが激しかった。

「何か事故が2回連続であったらしいな」
男女のカップルが、俺の隣に腰掛けた。
「怖かったよね!!特に男の人の方!!」
「自転車もぐしゃぐしゃだったし、見てらんなかった〜」


それで人だかりが出来て、だから犬飼・・・遅れてんのかな。


「警察からちら聞きしたんだけど〜その人十二支高らしいよ」
「マジで!?あたしの通ってた所じゃん!!」


まさか、それが犬飼とかじゃ、ないよな?


俺は居ても立ってもいられなくて、事故現場の方へと走っていった。













もしかしたら。
犬飼じゃないかもしれない。

でも、もしかしたら。
犬飼なのかもしれない。
















事故現場に着くと、沢山の人が集まっていた。
そこは交差点で、毎年事故が絶えない場所だった。
まさかそこに犬飼がいるなんて、思いたくもなかった。

「すみませんっ・・・ちょっと・・・」
人を掻き分け、その場所へ行くと、
轢かれた人は、ちょうど救急車に運ばれようとしているところだった。
その人は女で、黒髪だった。犬飼じゃなかった。

「よかった・・・・・・」


でもまだもう一つあるから。
もう一回走って事故現場へ行くと、
そこはさっきよりも人の量が多かった。






















犬飼。



いぬかい。

死なないで。




冥。



めい。










どうか、ここにいるのは違う人であって。











































「い・・・ぬ・・・・・・」












犬飼はいた。

交差点の真ん中に、血だらけで、横たわったままで。












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