あ〜あ、また失恋か。何度目だろうなぁ。
でも俺、正直あの子のこと、好きじゃなかった。…いや、女の子は皆好きだけどさ!!
俺にもし彼女ができたら、絶対皆驚くだろう。
だって俺この世に15年生きて、まだ彼女なんて一回もできたことがない。
どーせ犬も女嫌いだから、彼女なんていないだろうけど。
ていうか、今犬飼に彼女がいたら俺ショックで野球できないし。
いや、ちょっとオーバーすぎたな。
でもまさか犬に告る奴なんているとは思わなかった。
だって、犬の周りには『犬飼キュンを地獄の底まで追っかけ隊』の方々がついている。
あの方達は、犬に告ろうとする女子を追い払う。
それなら犬に告ろうとする奴は減っていくし、そして元々追っかけの人も犬の恋愛対象には入っていない。
だから、そのことにすごく今安心している。
実は、追っかけの人に女子を追い払えってお願いしたの…俺だったりする。
俺とあの追っかけの人達は元々本当に仲が悪かった。
でもなんかある日いきなり、「猿野の恋に協力するよ」って、言ってきた。
あの人達に何があったかは知らないけど、多分《女の勘》ってやつで。
俺が犬に本当に想いを寄せているってことに、気付いたんだろう。
普通ならそこでもっと敵対心を向けられるはずだったんだが、
話してみれば意外に気が合い、俺たちは今では『戦友』といったやつだ。
そして追っかけの子から得た情報 その1。
《犬飼キュンには今すきな人がいる》
どこでそんな情報を得たのかは知らないが、とりあえず《女の勘》ってことにしておこう。
そしてこの犬の情報はもう一個あったのだが、ど忘れというやつで、思い出せない。
まぁでもあの犬っころに好きな人がいるなんて…意外っちゃあ意外。
「もォー!兄ちゃん聞いてる!?」
「あっ…スマンもう一回言って??」
「はぁ〜だからね、兄ちゃんもソフトなんか持って来てね?って!!」
「おう!もちろんだ!!」
気がつけば、部室には沢山のメンバーが揃っていた。
犬の姿は、既に見当たらない。
あーあ、さっき話し掛けようと思ってたのに…最悪…。
「兄ちゃん、そろそろ部活始まるよ」
「お〜わかった、行こうぜ」
とりあえず部活に恋はいらないから、今は忘れていよう。
…とりあえずって、犬のが移っちまったかな??
***
夜、家には留守電を入れておいて帰りは兎丸ん家に直行。
さすがゲーム通。兎丸の部屋には新作がズラ〜っと並べられてあった。
「うわー…こりゃ昨日発売のソフトが全部あるぜ・・・」
すると、兎丸は満面の笑みとハートマークを散らばせながら抱きついてきた。
「でしょでしょ!?だから今日は寝かさないって言ったじゃんvv」
そして兎丸の手が、俺の服の中へと忍び込んできた。
「うぉーいちょっと待てスバガキ!!何してんだよ!?」
「ぅ〜ん??何してんだよって、ナニしてんだよvv」
「そんな典型的な返答じゃなくていいからー!!!!」
ジタバタと俺は逃げようとするが、すばやく兎丸が攻めてきて。振り解けない。
「あ・ん・ちゃ・ん、恥ずかしがんなくてイイよ??どうせ今夜は寝ないんだし…」
「いや、マジでヤメ…」
ピンポーン
俺がもうダメだと感じた時、ちょうど良く家のチャイムが鳴った。
「も〜イイ所だったのに。こんな時間に誰だよ!!」
兎丸の部屋の壁に掛けられた時計を見ると、既に10時を過ぎていた。
「はーい、どちらですか!?」
兎丸は少しキレ気味で、インターホンに八つ当たりだった。
「宅急便だ・・・いや、宅急便です」
…ん?この声って、もしかして…。
「こんな時間に??…まぁいいや。入ってよ。」
ガチャ、と兎丸の家のドアが開かれる。
「とりあえず、猿…来てるよな?」
「って…犬飼くん!?何でここに!?」
「…いぬかい?」
そう、犬飼。でも何でこんな時間に…?しかも兎丸の家に。
でも
ナイスタイミングだコゲ犬。
「マッ…マジかよ〜悪いなぁ。スバガキ、罰ゲームはチャラでいいよ」
「え〜わかったよ…バイバイ」
「バカ猿、早く帰るぞ」
「お、おう」
足がもつれそうになる程、犬は俺の手をグイグイと引っ張っていった。
「なぁ…親が連れて来いっていうのは…」
「とりあえず、嘘に決まってんだろ」
兎丸の家から出た今でも俺と犬の手は繋がれていた。
こんなところ人に見られたらきまづいが、
暗いし、もう深夜に近いので誰もいなかった。
「何で…来たんだ?」
「来てほしくなかったか?あのままヤられたかったのか?」
「…ンなワケねーに決まってんだろ。」
「とりあえず…」
「ん?」
すると、犬飼はプイと俺と反対方向を向いた。
「お前が、困ってたような、気がした。だから、来た」
「なぁ、お前こっち向いてみろよ」
「ヤダね」
なんとなく俺にも分かる。コイツの今の顔はきっと赤い。
もちろん、それは俺だって同じことだった。
その後、あんな事があった俺に気を使ってくれたのか、犬は俺ん家まで送ってくれた。
俺と犬は2つも駅が違うのに。もう今ので終電も終わってしまったのに。
それでも、犬飼は俺を笑顔にさせてくれた。
「俺ん家…ここだから。じゃ」
「あぁ…とりあえず、早く寝ろよ」
「おう」
そして犬は一人トボトボと歩き出した。
「あっ…犬!!」
犬はすぐに振り返って、何だといった目でこっちを見ていた。
「さ、さっきはありがとな!!」
その時、犬飼は初めて俺に笑顔を見せた。
追っかけ隊の子なら、今失神しているだろうな…。
「いいんだよ。こっちが来たくて来たんだから」
今度こそ帰るな、と犬飼は手をひらひらとして帰っていった。
やべぇ。マジで惚れたかも。これは反則だろ。
っていうか…こんな夜になってまで助けに来るなんて…普通、ないよな?
しかも、犬飼の笑顔なんか…初めて見たし。
絶対笑ったほうがカッコいいし、俺もドキッてくる。
「あの笑顔…ずっと見ていたい、かも」
部屋で一人でボソッと吐いた自分にヤメロと突っ込みながら、布団にもぐりこんだ。
次の日。休日なので練習は朝早くから行われる。
グラウンドに行くと、二塁辺りから兎丸が駆け寄ってきた。
「兄ちゃん!昨日は本当ゴメンね!?ちょっと僕酔ってた…」
「あー…あれか。いいよ、別に!そのかわり今度ゲーム貸せや♪」
俺が笑ってそう言うと、兎丸は涙を拭って笑顔になった。
「ゴメン…僕、もう兄ちゃんに嫌われたなって思って、夜寝れなかったんだよ!!」
そう言った兎丸の目を見ると、くまがあった。
「き、気にすんなって!ホラ、途中で犬が来て未遂で済んだんだし…って痛ッ!!」
「とりあえず…そんな事を大声で言うなバカ猿。注目されるだろ」
いきなり頭部を後ろから叩かれて振り返ると、そこには犬飼がいた。
「ッ…何だよいきなり!!俺は今友情を取り戻してんだよ!!」
俺はむかついて犬飼をドンッと突き飛ばすと、犬飼はよろめき黙り込んでしまった。
「おい、犬…?」
「とりあえず、悪かったな。邪魔して」
そして犬飼は俺達と反対の方向へ歩き出した。
他の部員も何があったんだとオロオロしている。
「あ…オイって!!待てよ!!」
俺はただ、犬飼を追いかけることしかできなかった。
犬飼はひたすら黙って歩き続け、いつしかグラウンドから出て校舎裏を歩いていた。
「なぁ、オイ、待てって」
「……」
さっきからずっと待てよと話し掛けるもシカト状態。
「あ、犬飼キュンvそれと猿野じゃん」
どうやらここは追っかけの皆の休憩場所らしい。
他にも何人もの追っかけの子が休んでいた。
「猿野〜犬飼キュンvに何してんのよォ〜」
そして追っかけの一人が俺に話し掛けてきて、俺の足が止まる。
それでも犬飼の足は止まらず、尚も歩き続けていた。
「ちょっ…悪ィ!その話は後でな!!」
「うーん、わかったよ〜後で聞きまくるからね」
その後、いそいそと犬飼の後を追う俺に、彼女達の会話など聞こえるはずもなかった。
「猿野ってさぁ、犬飼キュンの事スキよねぇ。両思いになれると思う??」
「んー微妙じゃない!?でもアタシはなれるに一票vv」
「えっマジで!?私普通になれないと思うんだけど…」
「でもさ、猿野も結構脈はあるかもね」
「え、何でぇ??」
「だって犬飼キュンの好きなひと…野球部にいるんだもん」