ヒトであるために
第一話「悪夢」







       戦の時代が終わりを告げた頃、俺達にはようやく「休息」の時間がもらえると思っていた。
       でも、それはただの「願い」であり、現実は許してくれなかった。




       「甘寧、少し聞きたい事があるんだが。」
       いつもは自分からは俺に話し掛けない孫権が珍しく俺に笑顔で話し掛けてきた。
       「何ですか?」
       「まあ、ちょっと着いてきたまえ」
       何故俺なんかを呼んだのか分からなかったが、とりあえず今は着いていくしかなかった。
        しばらくして着いたところは、孫権の部屋だった。
       「どうかしたんですか?」
       「なあ甘寧、お前は今の呉の武将たちの事をどう思う?」
       どうして俺に聞くんだ?そういう事なら伯言や子明に訪ねればいいものを、何故この俺に?
       「・・・質問の意味が、よく分かりません・・・」
       「分からなくてもよい、ただ聞いたとおりのことの答えを返答すればよいだけだ。さあ、答えてくれ甘寧」
       今日の孫権様はどこか違う。いつもの孫権様じゃない・・・だが今考えてもしょうがない。
       「俺が思うには、今の武将は体力が少ないと思います。
       体力がなくなってしまえば俺達はすぐ討ち取られてもおかしくはありません。
       今俺達は戦よりも体力増幅を目的にした方が望ましいと思います。」
       俺は普段頭を使わないのでこういう事が苦手だ。現に今俺は何て言ったのかもよくわからない。
       「いい答えではないか甘寧、・・・お前らしい答えだ。お前になら教えてやってもいいか」
       「何をです?」
       まあみていろ、と答えると孫権は寝台をずらし始めた。重そうだったので手伝おうとしたが、
       大丈夫だといわれたのでじっと見ていた。
       寝台の下には床下倉庫のようなものがあった。孫権様の寝室なぜこんなものが。
       確かに最近の孫権は何かが違っていた。今の状態は俺が孫権を慕っていた頃の孫権と全く違う。
       別人といってもいいくらいだ。

       「待たせたな、こっちへ来てくれ」
       俺は少し孫権のことが怖くなった。さっき見ていた孫権とまた違う雰囲気になっていたからだ。
       「いいものがあってな、お前に見せたかったんだ。」
       俺はそうですか、と答えた。あまり必要以上に孫権と話したくなかった。特に今の孫権とは。
       「着いたぞ、甘寧、これを見てくれ」気がついたら目の前には想像できないくらいの恐ろしいものがいくつもあった。
       人の形をしていない者たちが吊るされ並べられていた。目がただれ落ちている者、頭が半分欠けている者、
       全身が炎のせいなのかどろどろに溶けている者 ・・・とにかくそんな奴らが一万・・・
       いや、一億は軽く超えているくらいにあったのだ。
       「すごいだろう?甘寧。私が思いついたのだよ、この生ける屍を」
       「何でこんなことを・・・」
       「当たり前だろう?再利用するのだよ。この死んでいった兵たちをもう一度甦らせてやったんだ。
       生ける屍として理性を失わせ、この私に逆らわせないようにな」
       「そしてこの生ける屍の力を魏や蜀に思い知らせてやるのだ。
       天下を取るのは曹操でも劉備でもない・・・この孫仲謀だということをな」
       「その・・・"生ける屍"を戦に出陣させたら俺たちの出番はもうなくなるんですか?」
       できればもうこの孫権のもとで戦いたくない・・・正直言うとそんな気持ちだった、
       できれば「そうだ、お疲れだったな」と言って欲しかった。
       「いや、お前達はまだ戦ってもいいんだぞ?あの生ける屍は額を刺せば一発で使えなくなるからなぁ、
       あいつらは理性を失ってて私の為に殺す・・・そう埋め込んでおいたから守るなんてことはしないんだよ」
       俺はこれからこの生命に背く者と共に戦わなくてはならないのか、はっきり言ってごめんだ。
       「あの・・・俺達はしばらく訓練に専念したいのですが・・・」
       俺がそのことを言った途端孫権の顔が急に険しくなり、俺を睨んできた。
       「もうよい、甘寧、帰ってもよいぞ。呼び止めて悪かったな」
       「いえ、別に構いませんよ」
       俺はそういって早足に自分の部屋に戻っていった。
       気分が悪い、あの生ける屍を目にしてからだ。俺も死んだらああなってしまうのかという恐怖感に襲われて。
       「くそっ・・・」
       「あっっ!」
       俺は我を忘れて誰かとぶつかってしまった。いくつもの書物を落としてしまった。
       「あ、すまねえ・・・あ」
       「興覇殿、どこに行ってらしたのですか?子明殿が興覇殿のこと探してましたよ?」
       ・・・伯言だった。俺は何故か安心した気持ちになった。
       「あのよ、孫権様のことなんだけどよ・・・」
       「孫権様がどうかなさったのですか?」
       ・・・思い出した、伯言は孫権のことを誰よりも信じているんだった。
       伯言には、何も言わない方がいいだろう。
       「悪ぃ、なんでもないよ」

       俺はできるだけ孫権を信じたかった。でももしかしたら孫権が俺達にあの生ける屍を送り込んでくるような気がしてしまった。
       あの睨みが更に俺をそんな気にさせる。
       俺はその後子明と共に普通に過ごした。
       明日は普通に訓練場で過ごそうと思った、あまり孫権と接触しないように。
       でもそんな考えは一気に崩れていった。

        「皆、今日の訓練はいつもと違ったやり方で行ってもらう、今日はあの島で訓練をやってくれ」
       「孫権様、何故ですか?」
       「まあ行けば分かるさ」
       俺の予感は当たってしまうのか・・・?いくら国を補う武将たちが集ってもさすがにあの大軍を相手にするのは無理だ。
       でも今、生ける屍の存在をここで言ってはいけない。皆が混乱する。・・・方法が見つからないんだ。


       そして孫権の指した島に着いた。波が心地よいが、今の俺にはそんな安心した気分になれるはずもなかった。
       「皆には今からこれからの戦に備えて生死を賭けた「遊び」をしてもらう。」
       俺以外の皆は意味がわからないような顔をしていた。
       「・・・それはどういったことをなさるのですか?」
       伯言が孫権に訊ねた。頭のなかで整頓しきれないらしい。
        「その言葉どおりさ、これからの為にこれから起こる出来事から3ヶ月生き延びてもらう。
       なあに、簡単さ。武と知と生きようとする執念さえあれば生きて帰れる。」
       「・・・死亡者も出るのですか!?」
       「場合によってはな。奴らは強いからなあ。簡単には死なないぞ」
       「奴ら・・・?孫権様、奴らとは一体・・・」
       「後で嫌でも見れるさ。伯言・・・死ぬなよ?」
       「孫権様・・・」
        そして孫権は自分の護衛兵と共に船に乗り込んだ。たくさんの武将たちを残して。
       「3ヶ月経ったら迎えに来てやるよ。それまでせいぜい生き延びるんだな。」
       ・・・孫権はそういい残して去っていった。
       ここにいる武将は俺、伯言、子明、黄蓋、周泰、孫尚香、大喬、小喬、凌統、周瑜の10人。
       何故か他の武将たちが見当たらなかったのだ。
       「興覇殿・・・これからどうしましょう」
       「・・・何が起こるかわからない。戦闘準備だけは常にしておけ。
       大丈夫、俺が守ってやるから。」
       「興覇殿・・・ありがとうございます、でも今回は自分の身は自分で守りたいと思っているんです。」
       俺はそうか、といって伯言の頭を撫でた。もしかしたらこんな会話も最後かもしれないから。
       「とりあえず、今後の予定を決めておこう。皆集まってくれ」
       俺はばらばらになって生ける屍に襲われたら困るので輪になって座った。
       「・・・孫権様は何故このような事を・・・」
       「・・・わからない。でもこれだけは分かる。」
       「何がですか?」
       「孫権は俺たちを殺そうとしている。これだけは確実にそうだ。」
       ・・・そのために生ける屍を使うんだ。でもいまだに気配が感じない。いないのか・・・?
       「あの・・・」
       伯言が何やら怯えたように言った。
       「どうしたのだ?」
       「何か・・・殺気を感じませんか?とてつもなく大きな・・・本当に私たちを殺したがってる・・・」
       「いやああぁあぁ!!」
       「小喬どうした!?な・・・」
       周瑜が振り返っても小喬の姿は無く、数滴の血痕が残されていた。
       「こ、興覇殿・・・し、しょ、小喬が・・・!!」
       伯言の指した所を見ると、昨日見た「生ける屍」の腕が小喬の身体を貫き、
       他の生ける屍がその小喬の身体を食べていた。
       「し、しゅう・・・ゆ・・・さ・・・まぁっ・・・」
       そう言い残し・・・小喬は逝ってしまった。
       「小喬ーーーーーー!!!」
       他の生ける屍がその叫び声で周瑜の存在に気付き、たくさんの生ける屍が森の中から姿を現した。
       あの量はいくらなんでもかなわない。悔しいが今は逃げるしかなかった。
        「あれは・・・!?」
       「今は何も考えるな!とりあえず逃げろ!!」
       でも周瑜はただ呆然と立っていた。その後ろには生ける屍が迫っている。
       「周瑜!!早く逃げろ!」
       しかし周瑜はこちらを見て微笑み、目を閉じた。
       「私にとっては小喬のいない世に興味は無いのだ。・・・お願いだ、死なせてくれ。」
       「あなたは!小喬が死んだからこそ・・・今度は小喬の分まで生きなければならないでしょう!?
       ここで死ぬなんて言わないでください!!あなたにはまだやらなければならないことがたくさん残っているんです!」
       「もう死なせてくれ!どうせあと数年ともたない命。今までは小喬がいたから生きてこれたのだ!」
       「くそっ・・・」
       俺は走って周瑜を抱え込み生ける屍に食われる寸前で逃げた。
       「なぜ助けた?!」
       「んなもんどうだっていいだろう?助けたかったから助けただけだ」
       「興覇殿、あの洞窟に隠れましょう!」
       


       そして俺たちはほんの少しでも休憩がとれると思って安心した気分だった。・・・・この洞窟に入るまでは。







第二話に続きます。お待ちください。